最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)2887号 判決 1976年2月19日
主文
原判決、及び第一審判決中被告人米山三男に関する部分を破棄する。
被告人は無罪。
理由
弁護人上辻敏夫の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
しかしながら、所論にかんがみ、職権で調査すると、原判決、及び第一審判決中被告人米山三男に関する部分は同法四一一条一号により破棄を免れないものと認められる。
一本件公訴事実について、原判決に示された事実関係とこれに対する法律判断は、おおむね次のとおりである。
(一)1 大和郡山市は、昭和三八年に低開発地域工業開発促進法に基づき全市域が低開発地域に指定されたが、そのころから用地を買収して昭和工業団地と称する工場敷地を造成し、ここに工場を誘致する事業を行つていた。その主管課は建設部開発課であつた。同課では市長の特命により昭和工業団地以外の土地を市が買収し企業に転売して工場誘致をした例が二、三あるだけで、その他はいずれも昭和工業団地への工場誘致の事務を行つていた。
2 被告人は昭和三〇年四月から引き続き大和郡山市市議会議員であり、昭和三九年四月から同市議会総合開発特別委員会委員、昭和四〇年五月から同委員会委員長であつた者、谷野義隆は昭和三九年四月一六日から同市建設部開発課課長補佐として企業誘致に関することなど同課所管の事務全般について課長を補佐し、昭和四〇年九月一日から同課課長として同課の事務全般を掌理していた者、奥田惇臣は昭和三七年一〇月一日から同市企画課企画係長として工場誘致などの企画にあたり、その後開発課所管の工場誘致に関する事務を応援担当し、昭和四〇年九月一日から開発誘致係長として工場誘致に関することなど誘致係所管の事務を担当し、昭和四一年四月一日から同課課長補佐兼誘致係長として前記課長補佐及び誘致係長の職務を行つていた者、堀内作次は昭和三九年一月一六日から奈良県総合開発課企画係長として奈良県内における企業誘致に関する事務を担当し、同年四月一日から大和郡山市建設部開発課所管の同市昭和工業団地への工場誘致に関する事務の連絡、指導、応援事務を行つていた者である。
3 株式会社富士塗装機製作所(以下、富士塗装機という。)は工業用地として大和郡山市小泉町字梅ケ坪に一二四二坪の土地(以下、本件土地という。)を所有していたが、昭和四〇年三月ごろには経営状態が悪化したため、本件土地を売却して金策しようとし、国会議員から紹介してもらつた被告人に対しその売却あつせん方を依頼した。そこで、被告人は奥田に対し本件土地の買手を探してくれるよう依頼し、奥田は知合いの不動産取引業者青木清に本件土地の買受けを依頼した。青木は更に知合いの金融業兼宅地建物業をしている林庄次に協力を求めた。その結果、青木、林は、本件土地の買受け、売却はすべて被告人及び奥田に任せ、転売利益を得るという考えで、買受け代金を出捐することになつた。同年四月二七日市役所市議会議員応接室において富士塗装機から林に対し本件土地が一〇〇〇万円を若干下回る価格で売却されたが、すでに被告人と青木は右会社の窮状を救うため本件土地の売買代金の内金として各二〇〇万円を支払つており、同日林はその残金を支払つた。したがつて、本件土地は、実質的には被告人、青木、林の三名による共同買受けであつたが、最も多額の出捐をした林がその所有権取得の登記名義人となり、その登記を経た。
4 その後、被告人は林から営業資金が要るので本件土地を担保に借金して欲しいと頼まれ、昭和四〇年四月三〇日昭和農業協同組合から市が総合開発事業のため融資を受ける形式をとつて一〇〇〇万円を借り受け、これを被告人、林、青木の三名で本件土地買受け代金出捐額に応じて分配したため、本件土地買受け代金は昭和農業協同組合からの借受金債務として残ることになつた。右金員借受けの手続には谷野が頼まれて協力した。
5 被告人は、昭和農業協同組合から前記借受金の返済を迫られ、本件土地の売却を市の工場誘致の事務を担当している奥田、谷野に依頼していたが、同人らにおいてもその売却先が仲々見つからずに月日を経過した。
6 大阪府門真市のゼネラル紙工株式会社(以下、ゼネラル紙工という。)は、昭和工業団地に工場用地を求めようとし、同社代表取締役堀部茂一が奈良県総合開発課を訪ねて、堀内にその旨を申し出たところ、同人はこれを大和郡山市の奥田、谷野に連絡し、同人らに堀部を紹介した。堀内、奥田、谷野らは堀部らゼネラル紙工の者を昭和工業団地に案内したが、同団地内には適当な土地がなかつたので、同団地から一キロメートル余り離れたところにある本件土地を見せたところ、右会社側はこれを買い取ることを希望した。そこで、奥田は被告及び青木にその旨の報告をし、相談の結果約一五〇〇万円(これに必要経費が加算される。)で本件土地をゼネラル紙工に売却することになつた。そして、昭和四一年一一月二四日市役所二階応接室においてゼネラル紙工から五三〇万円の小切手が支払われた(なお、残金一〇〇〇万円は、後日右会社が被告人名義で本件土地を担保に平和農業協同組合から借り受けて前記被告人が昭和農業協同組合から借り受けていた金員の返済に充てることとされた。)。同日、右小切手は現金化され、そのうちから前記昭和農業協同組合からの借受金の利息、本件土地の不動産取得税などの本件土地を転売するまでに要した費用が差し引かれ、三〇五万円が本件土地の転売による利益として残つたところ、林が一五〇万円、青木が五〇万円、被告人が三〇万円をそれぞれ取得し、本件土地の転売に尽力した謝礼として、被告人から、奥田に三〇万円、谷野に三〇万円、堀内に一五万円が各贈与された。
7 なお、ゼネラル紙工では、堀内、奥田、谷野による本件土地売買のあつせんは同人らがその職務としてしてくれたものと考えていた。
(二) 以上の事実を前提に、原判決は、奥田、谷野、堀内に各贈与された金員がそれぞれの職務に関する賄賂であるかどうかについて判断し、本件土地につき富士塗装機から林(実質的には同人、被告人、青木の三名。以下、本件土地売買の当事者として同様の趣旨で林とだけいう。)に、林からゼネラル紙工に順次なされた売買は私人間の行為であり、奥田、谷野、堀内がその売買につき尽力したことが同人らの工場誘致に関する職務の執行にならないことは勿論であるが、刑法一九六条にいう「職務ニ関シ」とは公務員の職務執行行為だけではなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むと解すべきであるところ、本件においては、奥田、谷野、堀内は個人的関係に基づいてゼネラル紙工に対し本件土地の売買をあつせんしたのではなく、同社が奈良県及び大和郡山市の各工場誘致などに関する事務の窓口を訪れて工場用地を買い入れたい旨申し込んだのを受けて、右事務を担当していた同人らにおいて同市が開発して工場誘致を図つていた昭和工業団地に案内し、同団地内に希望にそう土地がなかつたことから、かねて林から売却処分方を依頼されていた本件土地に案内し、これを買い入れるようあつせんしたものであつて、そのあつせん行為は奥田、谷野、堀内の各工場誘致に関する職務と密接な関係のある行為に該当すると解するのが相当であるから、奥田、谷野、堀内が林とゼネラル紙工との間の本件土地の売買をあつせんした行為に対する謝礼は賄賂であり、被告人に贈賄罪の成立を認めた第一審判決には事実誤認はないとしているのである。
二そこで原判決の右判断の当否について検討する。
刑法一九七条にいう「職務ニ関シ」とは、公務員の職務執行行為だけでなく、これと密接な関係のある行為に関する場合をも含むと解すべきであるが、ここに密接な関係のある行為とは、公務員の職務執行行為と何らかの関係があれば足りるというものではなく、公務員の職務に密接な関係を有するいわば準職務行為又は事実上所管する職務行為であることを要するのである。これを本件についてみるに、奥田、谷野、堀内が、ゼネラル紙工が奈良県及び大和郡山市の各工場誘致などに関する窓口を訪れて工場用地を買い入れたい旨申し込んだのを受けて、右事務を担当していた同人らにおいて同市が開発して工場誘致を図つていた昭和工業団地に案内した行為が同人らの職務執行行為にあたることはいうまでもないが、同団地内にゼネラル紙工の希望にそう土地がなかつたことから、かねて林から売却処分方を依頼されていた本件土地に案内しこれを買い入れるようあつせんした行為は、同人らの職務と密接な関係を有するいわば準職務行為又は事実上所管する職務行為であるということはできない。したがつて、奥田、谷野、堀内が林とゼネラル紙工との間の本件土地の売買をあつせんした行為に対する謝礼は賄賂ではないのである、してみると、本件につき奥田、谷野、堀内が林とゼネラル紙工との間の本件土地の売買をあつせんした行為に対する謝礼は賄賂であるとして、被告人に対し贈賄罪の成立を認めた原判決、及び第一審判決中被告人米山三男に関する部分は、法律の解釈を誤り、被告事件が罪とならないのに、これを有罪とした違法があるものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、刑訴法四一一条一号によりこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よつて、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)
弁護人上辻敏夫の上告趣意
第一点 事実誤認
原判決には以下陳ぶる如き事実誤認がありこれを破棄しなければ著しく正義に反する。
即ち原判決は本件は奥田、谷野、堀内らの職務行為に密接なる関係のある行為に関し授受された(本件は被告人が贈つたものでないことについて第二点で主張)ものであるから賄賂であるという。
しかし右事実認定は誤りでありこれに刑法一九七条を適用したのは法令違背である。即ち
原判決は「控訴趣意書第一点の事実誤認の主張について」に関し『本件につき富士塗装機から林に、林からゼネラル紙工に順次なされた売買は私人間の行為であり奥田、谷野、堀内らがその売買について尽力したことが同人らの工場誘致に関する職務の執行にならないことはもちろんである。』と明に言つているのである。しかるに『本件においては奥田、谷野、堀内は個人的な関係に基いてゼネラル紙工に対し本件土地の売買をあつせんしたのでなく同社が奈良県および大和郡山市の各工場誘致などに関する事務の窓口を訪れて工場用地を買入れたい旨申込んだのを受けて右事務を担当していた同人らにおいて同市が開発した工場誘致を図つていた昭和工業団地に案内し同団地内に希望にそう土地がなかつたことからかねて林から売却処分方を依頼されていた本件土地に案内し、これを買入れるよう斡旋したものであつてその斡旋行為は奥田、谷野、堀内の各工場誘致に関する職務と密接なる関係のある行為に該当すると解するのが相当である』という。
即ち、前段において富士塗装機から林へ(以下先の売買という)林からゼネラル紙工へ(以下後の売買という)の二つの売買が私人間の取引であり奥田らがこれに尽力したことが同人らの工場誘致に関する職務の執行にならないことを明言しながら奥田らの行為のうち先の売買については職務又はこれと密接なる行為とは認めないけれども後の売買について尽力したことは職務に密接な行為であるというのは全くの誤りである。
(1) 刑法解釈の基本的態度において賄賂に関する「職務に関シ」ということを、それと密接なる行為に拡げるについては極力これを制限し特段の理由のあることを必要とする。
ここで密接な行為とは「準職務行為」又は「事実上所管する職務行為」を指すものと解すべきであるところ本件における奥田らの行為は何れの意味においても準職務行為又は事実上所管する行為の何れにも該当しない。
(A) 奥田らの後の売買についての尽力は先の売買への尽力のあとを受けて一連の行為として行われたもの(原判決も二つの売買の一連性を認めている)であつて二つの売買に対する尽力は決して別個のものでない。
後の売買はたまたまゼネラル紙工が奈良県総合開発課に対し「適当な工場用地がないか」と訪ねていつたことに端を発しそこから後の売買が行われたものに過ぎない。堀内、奥田らはそのため昭和工業団地に案内して土地を見せた訳である。然るにゼネラル紙工の満足する土地がなかつたのでこれはそのまま打切つて終つたのである。
被告人らの職務に関する行為はここまで打切られ、それから先は職務行為自体でないことは何人も容易にうなづける。そこで奥田は本件土地のあることをゼネラルに告げて会社がこれを買うことに希望し売買が行われたのであるがこれから先は全く偶然の事情による個人的なものである。
このあとの行為が果して「準職務行為」と言えるかどうか。(事実上所管する行為でないことには説明を要しない)これが準職務行為であるかどうかということについて
(イ) 関係者(公務員及行為を受ける相手方)らの意思においてこれが公務員の準職務行為であるという認識が必要であり
(ロ) その事案の具体的性質から客観的に準職務行為と認められる必要がある。
然るに本件においては奥田らにおいても林、ゼネラル、何れの関係においても、これが奥田らの職務行為と関連又は密接な行為とは考えておらず本件の具体性から先の売買に尽力し林らから更に転売を依頼されていた奥田が先の売買のつづきとして全く個人的に動いていたものに過ぎないことは二つの売買の経緯を正しく看る限り何人も容易に首肯けることである。従つて後の売買への尽力が個人的なものでないというのは全くの誤りであり、仮にその何れに属するかに疑のある場合は疑わしきを被告人の不利益に拡げて解すべきではない。
(B) 大和郡山市が昭和工業団地に工場を誘致したのはその所有土地を工場経営者に売却して工場を誘致するものであつて他人の土地の斡旋は全くしていないのである。しかして市長の特命のあつた二、三の例外の場合昭和工業団地以外で工場を誘致したことはあるがそれも大和郡山市が土地を買取つて売却したもので斡旋ではない。しかもその場合は必ず市議会の事前又は事後の承認を受けて明確にしているもので本件の如き個人間の取引について奥田らの斡旋行為が同人らの職務に結ばれる様に進展する方法は全くないのであるから本件を奥田の準職務行為と見ることは間違いである。大和郡山市において奥田らの後の売買に対する尽力の行為についてそれが公務であると見るべき一切の書類はない。もし職務行為とすれば本件についての出張命令、出張報告、旅費、支給本件処理の関係公文書等が存する訳ではあるがその様なものは一切ない。
職務行為又は準職務行為でないことの一線を明確に画しているものである。(昭和四九年一一月に到つて大和郡山市は昭和工業団地、その他市に関係ある分について未だ工場の建設されない土地に対しては、その返還を求める措置を講じているが本件土地は以上の如く市とは全く無関係であるからその返還をも求めていない)
第二点 事実誤認
原判決は被告人が奥田らに対し夫々の金額を贈つたというのであるが右は全く事実誤認であり被告人は贈り主ではない。
一、被告人は先の売買の買主でもなく後の売買の売主でもない。
原判決は理由第一点(3)において被告人は先の売買の代金内金として二〇〇万円を出しているから本件土地は実質的には被告人、青木、林三名の共同買入れであるという。しかし右は全くの誤りである。被告人が二〇〇万円を出したのは富士塗装機の労働者が賃料不払で困窮していたのでその支払を受けるまで労働組合に貸してやつた金である。
形式が富士塗装に対する貸金となつていたとしても実質は右の通りであり又何れの意味に於ても先の売買の代金の内金ではない。
原審の此の様な認定は驚きの外はないもので第一審判決においては米山、林、青木が共同買主であるという起訴を排して林の単独であると認定しているので各証拠を十分検討すれば右認定は正しい。然るに原判決は再びこれを翻えして三名の共同買入れであるとしたのである。以上の如く被告人は買主でも売主でもないから奥田らに対し金員を贈らねばならぬ理由は全く存しない。
被告人が二〇〇万円を出すのに後の一〇〇万円については自分の家を担保にして金を造り貸してやつたこと、土地につき何らの権利関係を持つ意思がないから右二〇〇万円について担保をつけたり代物弁済の予約の仮登記をつける等普通の人のすることを全くしていない同じ労働者を救うという目的のみからキレイなものであつたのである。
二、奥田と青木は二〇年来の友人でこの一連の取引はすべて青木、林、奥田の線で行われ米山は土地の売買には深く関係していないのである。
三、後の売買のことも青木―奥田の線であつて被告人が売買の出来るのを知つたのは取引日の一週間前に奥田から知らされただけでありそれまでに買主の名も代金も知らされていないのである。
四、取引の日にも米山は会議の為中座し、どの様な形で取引が行われたかを知らないのである。会議が終つて出て来たとき廊下で奥田から『これだけにしておいて』といわれて三〇万円を同人から受取つたものであり被告人はどれだけの転売利益があつたかを知らないのである。
五、利益金三〇五万円の処理について青木、林が二〇〇万円を取つて、あと一〇五万円を被告人三〇万円、奥田三〇万円、谷野三〇万円、堀内一五万円と分配したというのであるが被告人がもし此の様な配分に関係しており且つ被告人が林らとの共同売主であるというなら被告人の取分が林、青木の各一〇〇万円に対し三〇万円となる筈はなく、これは全く被告人がいわゆる「つんぼさじき」にあつて青木、林、奥田が主として取引を為し且つ配分したことに疑の余地はなく、これから考えても被告人が奥田らに金員を贈つたという認定の誤りであることは疑問の余地がない。
六、原判決は被告人の贈賄の証拠として被告人の昭和四二年四月四日付供述調書を援用しているが右調書の出来たいきさつは次の通りである。即ち
原審における被告人の供述によれば
『昭和四二年四月一日に釈放され同月四日に任意出頭すると谷野、奥田はまだ逮捕のままで一つの部屋におり私もそこへ連れて行かれたのです。
警察の人は奥田、谷野はこうこう言つているお前が合わさんと書類が出来ん。お前がちがうというなら再逮捕して調べなしようがない、書類をととのえるから口を合せてちやんとしてくれと言つたのです。私は前述の如く体が悪く再逮捕されたら体がもたぬと思いましたので、どうでもよい合わせて下さいと言つて言われるままに合わせて供述して書いてもらつたのです』
というのであつて被告人の此の供述の真実であることは本件捜査の経過を検討して見ると容易にうなづけると信ずる。
原判決は被告人の右の供述の外奥田の司法警察官等の供述を証拠にしているが奥田としては本件の外に数個の起訴事実があり、これだけについて真実発見の故に争つて受ける不利益を考え虚偽の供述をしているに過ぎない。
七、第一審判決並に原判決は本件贈収賄者の関係において奇妙なる誤りを犯している。即ち
第一審判決は第三(一)において被告人が谷野に対し金三〇万円也を贈賄したと言い乍ら第三(三)において谷野は奥田から現金三〇万円也の交付を受けて収賄したというのであつて全く表裏を為していない。これは極めて重大な誤りであるところ原判決もこの点はそのままになつて修正がない。
原判決には手続上修正の機会はないのであろうけれどもこの様な誤りを犯すこと自体に本件贈賄者の確定に判決上の無理のあることを示したものといえよう。どの様に考えても本件の如きいきさつで被告人を贈賄者と見ることは極めて真実を抂げたものである。
八、本件の起訴も又極めて奇妙である。即ち本件において後の売買の売主を林と見るか、林、青木、被告人と見るか何れにしても林、青木が全く不問に附されているのは奇妙である。
林は名実ともに売主であり林、青木は転売利益各一〇〇万円宛を得ており被告人の三〇万円と比較して奥田らが受けた利益の程度、売主としての責任は遙に重い。それにもかかわらず林、青木を起訴せずそれより地位の軽い被告人のみを起訴したのは、いかにも片手落で奇妙である。
九、捜査の段階に到つては最早いうべき言葉も知らない位奇怪千万である。
即ち
① 被告人は昭和四二年三月一一日逮捕された。勾留の理由は横領容疑で大和郡山市の私人の所有地を大和郡山市が斡旋して吉田鉄工所に売却した際、その代金の一部を横領したというものであつた。この件で一〇日位調べられ全く「白」と分つて警察は周章した。仮にも現職の市会議員を逮捕しているので大問題である。
② 今度は大和郡山市が奈良県労働者住宅生活協同組合に対し土地(大和郡山市矢田山所在)を売却した際市長と共に一〇〇〇万円の謝礼を受けたとして追求を受けたと言うものであるがこれも全くの白と判明―警察は益々狼狽した。
③ 最後に本件について捜査を受けたが警察は本件の処理について焦点の合せどころがわからず困窮の果昭和四二年三月二八日付警察官調書を作成した。
それによると『本件取引の斡旋は全く個人的なものであり本来大和郡山市の工場誘致事業として処理すべきところを個人取引として横取し取引上の利益をなくして損害を加えた』という全く何のことやら分らぬものを作り出して了つた。
④ 検事はこれを見てこんなものでは問題にならぬと指示したと推認する外なくあちらこちらとヨタ付き歩いた揚句の果、警察は本件を考え前述(六記載)の如き無理な調書を作つて本件をデッチ上げた。
以上一乃至九によつて詳述したところにより明な如く本件において被告人を贈賄者と見ることは全く正義に反し無理を通して犯罪者を作ることに専念したという外なくこれを正すことは法の最後の守りである御庁をおいて外にないと確信する。よつて原判決を破棄し更に相当な御判決を求める次第である。